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弓町本郷教会 仲程 愛美 伝道師のご紹介

仲程 愛美 伝道師

横浜生まれ。学生時代を京都で過ごす。
2008年の1年間を韓国の神学校へ留学。
2011年4月より弓町本郷教会の伝道師として着任。

[好きなこと]
合奏(中高生の時、吹奏楽部でチューバを吹いていました!)、食べること(もちろん作ることも好きです!)、 史跡めぐり(街角の石碑も気になっちゃいます!)、 旅行(各国の世界遺産を見に行きたいです!)

仲程 愛美 伝道師からメッセージ

人は人生の中で、その時々の年齢や環境に合わせ“どこか”に通っています。子どもの頃は幼稚園や保育園、そして学校。大人になれば、自分の仕事場に通うようになります。また趣味や習い事を行う場へと通うこともあるかもしれません。しかしそれらには、時間的な範囲や限定を伴います。学校は卒業を迎えますし、会社は転勤や退職があります。私たちは人生の流れに合わせて、その時その時を過ごしているのです

ある人が教会をこのようにたとえました。

「ゆりかごから墓場まで」

生まれた時から、死ぬその日まで……人生のいつどんな時でも、通い続ける、関わりをもてることができるのが教会であります。なぜでしょか?それは教会が「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣く」場所だからです。

イエスは友のいない人を訪ねては一緒に食事をし、人々から嫌われている人に真っ先に声をかける方でした。そのイエスに今はもう会うことはできません。しかし、イエスを知ること、出会うことはできます。どうやってでしょう?

それは聖書を通して出会うのです。聖書にはイエスのこと、また神さまのことがたくさん記されています。この聖書を通じてわたしたちは、イエスと出会うのです。

教会はイエスに繋がっていよう、繋がっていたいと思う人々の集う場所です。そこには性別、年齢、職業、民族、国籍も関係ありません。ただ、イエスを知りたい、出会いたい、その想いと心があればいいのです。イエスと出会うために、ぜひ教会に足を運んでみてはいかかでしょうか? 教会は人生のいつ、どんな時からでも通い始めることができる場所なのですから…。

仲程 愛美 伝道師から証

私は両親がクリスチャンの家庭に生まれました。そのため、キリスト教が当たり前の環境で育ち、もちろん、教会に行くことも“当たり前”でした。物心ついた頃には、日曜日はみんな教会に行っているのだ!と思っていたほどです。

しかし、だんだん年を重ねるにつれ、「私の当たり前はみんなにとって当たり前ではなんだ…」ということに気付きはじめました。 「神様はいる」そう信じていましたが、一方で、友だちに自分が教会へ行っていることを知られたり、ましてや「神様がいるんだよ」という事を話すのは、私にとっては絶対にあり得ないことだったのです。まるで何か悪い事をしているのを隠すような気持ちでした。

何故そうだったのか…。きっと私自身が一番キリスト教を「特別なもの」としていたのかもしれません。そのことに気付かされたのは、ある友だちの一言でした。

「私たちには神様を伝えていく義務があるのだと思う。」

この友だちは、キリスト教の中で育ったわけでもなく、様々な経験を経て自分から教会へと通うようになったというのです。生まれた時からキリスト教の中にありながらも「神さま(キリスト教)は私だけのもの」にしようとしていた自分は、一体何なんだろう……。この出会いは、私に改めてキリスト教、神さまと向き合うきっかけを与えてくれました。

同じ時期にもう一つの転機が与えられました。今思えば、この出会いが私に「牧師になろう」という思いを漠然と抱かせたのかもしれません。

当時通っていた学校の近くに、日雇い労働者の町、寿地区がありました。町全体が一つという感じがする、人々の温かさを感じる町です。私はそこで炊き出しやバザーなど、色々とお手伝いさせていただきました。特に日本キリスト教団の神奈川教区の寿地区センターによく足を運んでいました。ですので、多くのキリスト教関係の人との出会いがありました。教会という場所以外で、しかも家族の知り合いと言う訳でもなしに、キリスト者と出会うという経験は、改めてキリスト教と向き合う、もっと言うなら、キリスト者を一歩引いて視点から客観視することになっていたのかも知れません。

自分にとってのキリスト教、キリスト者とはいったい何なのか? 寿で出会った人々と、宗教や教会について難しい話をしたという訳ではありません。普通の会話をしながら一緒に作業をしたり、ただ楽しくおしゃべりをしていただけなのでした。

しかしその中で感じられる何か、同じバックボーンの中にあるという絆の深さを感じたのです。その絆こそ、私たちを結び付けているイエスなんだと……。この何よりも強い「絆」、特別な「絆」で結ばれていることがどんなに心強いことであるのか。改めてクリスチャンである喜びというのを実感したのです。いつしか私はこの繋がりの中で生きていきたい、キリスト教、教会に関わっていく人生を送りたいと思うようになりました。

2008年、私は韓国にある神学大学で交換留学生として過ごしました。そこでは、周りがすべてクリスチャンという状況でした。日本ではクリスチャンが人口の1%にも満たしませんので、周りがすべてクリスチャン状況は、教会でもない限りめったにないことです。ですから、なんだか不思議な感じを覚えました。しかしこの貴重な経験がクリスチャンとして生きることの心強さを教えてくれました。

その神学校には私と同じように何人かの留学生がおりました。中国、ネパール、カンボジア、ベトナム、モンゴル、ウズベキスタンなど、主にアジアの国々からからやってきた留学生がほとんどでした。彼・彼女らの多くはいわゆる社会主義国家から来ています。キリスト教、教会の活動を行うのはもちろんのこと、クリスチャンであることを、公にはあまり言うことのできない環境にあるのです。しかし彼・彼女らは留学を終え母国に帰り、キリスト教を伝える使命を、胸に熱く抱いておりました。日本はクリスチャンが少ないし…そんな思いを抱いていた自分が恥ずかしく思えました。日本でクリスチャンとして生きることは、決して難しいことでもなければ、特別なことでもないのです。

「あなたは日本人クリスチャンとしてこれからどう歩んでいくの?」

彼・彼女らとの出会いは私にこうした問いかけを投げかけてくれたのです。その答えは……これからずっと求め続けなければなりません。

キリスト教がなぜ共同体をつくり、そしてそれが教会という組織になり、それが今日まで続いたのでしょうか。理由はただ一つです。イエスに繋がるため……。それも1人ではなく、2人、3人、4人と共にイエスに繋がるための組織として共同体が形成されていき、それが全世界と広まっていったのです。聖書にはこう記されています。

「二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである」

この現代の日本において、キリスト教を伝えるべく、イエスの僕として、神と人とに仕え、歩んでいきたいです。

2011年9月11日(日)夕礼拝 説教「主の前に立って」より(仲程 愛美 伝道師)

東日本大震災より今日で6カ月目を迎えようとしています。大きな地震と全てのものを飲み込む津波が東北地方を襲いました。一瞬にして全ての風景が変わり果て、全てが失われました。

家も車も、そして尊い命も…。私たちはその光景を映像を通してでしか見ていませんが、津波の恐ろしさ、自然の脅威を思わされ、あの瞬間、私たちはただ呆然と飛び込んで来る映像に言葉を失うばかりでした。

未だかつて見たことのない光景、直面した現実はまさに未曾有の事態だったのです。

悲しみ、絶望、恐れ、不安…人々の心の中をやりきれない、どうしようもない思いが襲いました。一体どうすればいいのだろうか。地震、津波に続く原発の事故により、その思いは増すばかりでした。

東京にいる私たちも、この東日本大震災という現実とどう向き合っていくのかが、問われ続けたこの6カ月だったと思います。

この夕べ、私たちは共に祈りを合わせようとしています。ここに集まられた方の中に、震災を経験された方、またご親戚やお知り合いの中で被害にあわれた方がおられるかもしれません。今この場にある私たちにとっても、あの3月11日の出来事は決して忘れることの出来ない出来事なのです。このことを覚える時、私たちは共に集まって祈りを捧げたいと思うのであります。

悲しみ、絶望の中にある方々に希望の光を。苦しみ、不安の中にある方々に平安を。と私たちは思いを一つにして神に祈る時としたいと思います。

先月末、私は仙台を訪れました。1日だけでしたが、仙台の東名地区にてボランティア活動に参加してまいりました。これは仙台の超教派ネットワーク「仙台キリスト教連合」の呼びかけによって、3月18日に発足した「仙台キリスト教連合 被災支援ネットワーク」(愛称:東北ヘルプ)が行っている活動です。

救援活動、そして復興作業に関する互いの情報交換をしながら、教派、宗派を超えて被災の地にあるキリスト教会、キリスト者として活動を行っているグループです。

私が関わらせていただいたのは、日本キリスト教団仙台北教会を通してでした。現地での滞在も仙台北教会の研修所、月見岬ジレットハウスに宿泊させていただきました。

塩釜港より東に位置するこのジレットハウスは、仙台北教会にいらしたジレット宣教師夫妻が住んでおられた家を、後に教会の研修所をして利用するようになったそうです。海岸沿いの崖の上に建てられたこのログハウス。津波の直後、教会の人々はこのジレットハウスも津波にもっていかれたと思っていたそうです。数日後、牧師が確認のため訪れた時に残っていたジレットハウスを見て、本当に驚いたと伺いました。

実際、この周りの建物は全て津波に奪われていました。この光景を前にして、跡形もないとはこういうことなのか、と私は何も言葉がでませんでした。ただ残っているのは、家の土台だけ…。草が生い茂り、その土台すらも見えなくなっている場所もあります。そしてまた浜辺の松の木たちが津波の威力を物語っていました。

海から陸に向かってなぎ倒されるように斜めになっている木々たち。6か月経った今も、その姿が変わっていないのです。崖のすぐ下の海岸には、今もまだ、流れ付いたコンテナがそのままでした。波が押し寄せるたびにコンテナのドアがギィギィと音を立てています。

こうした周りが変わり果てた中で、ジレットハウスは残っていたのでした。しかし、このジレットハウスもログハウスに向かうための入り口の門は津波で流されてしまったそうです。ログハウス自体は傷一つなく残っていたので、今はボランティアに集まってくる人たちの宿泊所として用いられているのです。この場所を拠点に私たちはボランティア活動へと出かけていきました。

私がその日関わらせていただいた作業は、草むしりです。恥ずかしことに、私は被災地でのボランティア作業は家の床下の泥だしや瓦礫の撤去を行うものだとばかり思っていました。しかし、この草むしりを依頼されたという方の思いがどういうものであったかを、ボランティアスタッフの方から聞き、自分の浅はかさを思い知らされました。

決して家や建物だけが元通りに戻るのが復興ではないのです。私は復興の意味を理解していなかった、自分のこととして捉えていなかったように思います。

私たちが作業したその土地は、以前は畑だったそうです。依頼主の方はもう一度その場所にきれいな花が咲くようにしたい、美味しい野菜が稔るようにしたいという願いをもっておられ、ボランティアに依頼をしたそうです。また農業ができる土地にしてほしい…。その願い、思いにちょっとでも手助けできればと作業を行うのがボランティアの務めです。それ以外の何ものでもありません。私たちは黙々を、草を刈り、土に埋まってしまっている瓦礫を拾い集めました。その一日だけでは、まだまだそこの土地を元通りにするには程遠いだけの作業しかできませんでした。ほんの僅かなお手伝いです。しかし、一緒に作業を行った現地のスタッフさんはこうおっしゃいました。

「これだけきれいになりました。草むしりは地味で、目立たないボランティアですが、この作業にも被災された方々の希望の思いを込められているのです」

主イエスは施しをする時はどうずるべきかと私たちに示されました。施しをする、それは誰かのため、何かのために行うことです。もちろん、その人を助けたい、何か力になりたいという思いから、ある行動へと動かされているのでしょう。しかし、その後ろ、私たちの心の奥底では、こうした行動の裏に、周り認められる、良い人に思われるという思いがないでしょうか。何かの行いが人に見せるために、良く思われるために行っていないかと自問自答しなければならないと思います。人に見せるため、つまりは自分の評価のために行っているのか。それとも神のみ業の実現、神のみ心のために行っているのか…。

善行という単語は原文では「義」という単語が用いられています。神の前で正しくあろうとすることです。神は私たちの行動の動機が何であるかをご存じです。どんなに人に役立つことをしているように思えても、それが自身の名誉の誉れのためであるのなら、それは何の意味をも持ちません。逆を返せば、私たち人間の判断で、「こんなことしか、あんなことしか」と思うような行動も神の前では尊く、神の義に忠実な行動であるのです。

主イエスはまた祈りについても私たちに示されています。祈る時は偽善者のようであってはならない。偽善者とは俳優に由来する言葉です。俳優、役者は人々に対して、本来の自分を隠し、違う人を演じています。その仮の姿を演じることで周りから評価を得るのです。偽善者のように祈るとは、神と対話することを忘れ、自分の心から言葉を発することよりも、周りからの視線を気にしながら祈ることです。祈りは周りの人に聞いてもらおう、見てもらおうと祈るものではないと主イエスは語られるのです。

ここで語られている教えは、決して施しや祈りを禁じているのではありません。むしろ施し、祈りの善行を勧めています。しかし、勧めながらもそれを隠れて行いなさいと言われるのです。 それは、神がその一つひとつの働きの中心におられることを心に留めておくためです。人の思いではなく、神のみ心が表れるためにです。

今、日本中どこをみても“がんばろう日本”のロゴを目にします。商品にはこれが刻まれていなければいけないかのように印刷されています。震災前には全くなかったことです。それだけ多くの人びとが関心を寄せ、少しでも自分に何か出来ることはないものか、と思っているのでしょう。その思いは大切ですが、この振る舞いが偽善者にならないように注意しなければなりません。傷ついた人、悲しんでいる人に寄り添うとは、現地でボランティア活動をすることだけではありません。物資援助することだけではありません。一人自宅にあっても、被災の地にある方々を思い、 神がそこで働いてくださることを信じ、祈ることも十分に寄り添うことなのではないでしょうか。

神は私たちの行い、祈りを全てご存じでおられます。どんなに良い行いであろうと、またどんなに素敵な祈りであろうと、そこに神がいまして、働きかけくださることを信じなければ、何も意味はないのです。

あの3月11日からわたしたちは、神と向き合い歩むことの意味を問われています。それは同時に、震災の地、また原発事故の被害の中にある方々に、どうやって寄り添い、思いを寄せるかを問うているのではないでしょうか。 私たちに出来ることは、どんなに小さな行動や祈りでも、そこに神が働き給うことを信じて日々歩むことです。主なる神の前に立って、行動することなのではないでしょうか。主なる神の前に立って祈ることなのではないでしょうか。自分の働きや思いではなく、神が中心におられ働きかけておられる。そのことは私たちにとっての希望でもあります。主なる神の前に私たちは立ち、傷ついた隣人、助けを必要としている隣人に寄り添い、歩んでまいりましょう 。

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