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ハンドベルのご紹介

ハンドベルの歴史

ハンドベル

ハンドベルは今から400年程前に、イギリスで生まれた楽器です.ヨーロッパの町を訪れると、町の中心に教会があり、朝な夕なに鐘の音が流れてきます. かってこの鐘は、何人かの人が鐘塔の下からロープを引いて鳴らしていました。
ハンドベルはこの鳴鐘の練習用に造られたものです。

日本ハンドベル連盟の言葉より
ハンドベルは、教会の鐘から発展して出来た楽器です。まさに祈りであり、讃美の歌であり、さらに平和を願う響きでもあります。」

個と全体の調和―

ハンドベル

ハンドベルという楽器は、通常、一人では演奏することが出来ません。一つ一つのベルはピアノの鍵盤―白鍵と黒鍵―に対応しており、奏でられる音は決まっています。一人のリン ガーは二個から三個、時には四個以上のベルを受け持って、10人前後のリンガー(Ringer) が協力して、一つの音楽を作り上げます。自分が受け持つベルの音は自分しか奏でることが出来ないという意味では、リンガー一人一人はソロ演奏者です。

この「個」が「全体」の流れの中で役割を果たすことにより、ハンドベルの音楽は出来あがります。

ハンドベル演奏は、「個と全体の調和」のアンサンブルと言えます。リンガー一人一人の心が一つになり、美しいハーモニーとなった時の喜びは、何物にも代え難いものが在ります。

弓町本郷教会のハンドベルクワイヤの創設はいつからですか?

ハンドベル

弓町本郷教会ハンドベルクワイヤの創設は1978年の春です。研究留学で2年間の米国ヒューストン滞在中に、教会でハンドベル音楽に出会い、その響きに魅せ られた教会員夫妻が、サウスメインバプテスト教会の19夫妻の支援もあって、2オクターブのハンドベルを持ち帰り、弓町本郷教会に寄贈したのが始まりです。

弓町本郷教会ベルクワイヤは、1980年以来、毎週、主日礼拝献金時の間奏として、讃美歌の演奏奉仕を続けております。

礼拝奉仕で使用する讃美歌のハンドベル用楽譜は、教会オルガニスト富永哲郎の編曲によるものです。リンガーは20代から80代の老若男女です。当教会ベルクワイヤでは現在、シューマリッ ク社の4.5オクターブ(53個)のハンドベルを使用しています。毎月、第一主日の午後に、その月の礼拝奉仕讃美歌の練習を、第四主日の午後に初心者クラ スの練習をしています。

見えない光 ( ハンドべルクワイヤのリンガーKさんからのメッセージです。)

私が弓町本郷教会に初めて訪れたのが、昨年の1月の事です。知人に連れられ、初めて教会に観光以外の目的で足を踏み入れたのですが、中に入ってみると古め かしい装飾と歴史を感じさせるたたずまいが私の瞳に飛び込んできました。その後、荘厳なパイプオルガンの音色、そして聖歌隊の賛美、最後に優しいハンドベ ルの音が私のこころに響き渡りました。

その後、音楽という導きにより、私は昨年の8月に初めてハンドベルの演奏をする事となりました。町田にある老人ホームで演奏会が行われたのですが、そこに いらっしゃるおじいさんおばあさん方と一緒に唄を唱ったり、ベルの演奏を聴いて頂いたりして非常に喜んで頂けた事を嬉しく思っています。

月日が流れ、今では私もハンドべルクワイヤの一員として演奏することが多くなりました。サイキン、礼拝にくる度に思う事があります。教会には、目に見えな い力があるのではないだろうか、と。百二十年という歴史を刻んだ教会に、百数十人の人々が日曜のたびごとに集い、祈りを捧げる。そして、牧師の声に耳を傾 ける。きっと教会という空間には、不思議な力が働いているのかもしれません。

是非、あたまではなく心で礼拝の最中に語られる言葉と、目には見えない音楽というひかりを感じ取って頂けたらとおもっています。

もし教会に来られて、鐘の音があなたのこころに響いたなら、どうぞ私達ハンドベルクワイヤに声をかけて下さい。その先には、あなたを魅了する世界が、あたたかなベルの音と新たな仲間とともにあなたの訪れを待っています。

ひとつひとつの音が ( ハンドべルクワイヤのリンガーTさんからのメッセージです。)

私がハンドベルを最初に聴いたのは、初めて主日礼拝に出席したときです。献金のとき、それまではギャラリーに隠れていたベルクワイヤの人たちが、突如として美しい音楽を奏で始めました。

高い音のベルは可憐な、低い音のベルは優しい、今まで聞いたことのない美しい音色でした。その美しさに魅せられて、礼拝に毎週出席するようになった、と言っても過言ではありません。

聴くばかりだった私ですが、一年前からベルクワイヤに加えていただいています。演奏する側になって気付いたのは、ひとつひとつのベルが奏でるひとつひとつの音がどれも必要だということです。

どの音が欠けても、どこかしっくりといきません。このことに、私は神様のメッセージを感じます。どんなに小さな音も、小さな者も必要だよ、という。この神様の呼び掛けを受けて、私は礼拝に出席し、ハンドベルの演奏をしています。

みなさんも、礼拝でハンドベルの演奏を聴き、ご一緒にハンドベルの演奏をしてみませんか?ハンドベルをしてみたい方は、お気軽にリンガーにお申し出ください!