教会にジャンヌダルクのような美少女がやって来た!

ラッキーさんから

フランスの英雄として扱われてきたジャンヌ・ダルク描いた映画『ジャンヌ・ダルク』のジャンヌ役、 ミラ・ジョヴォヴィッチに似た17歳の少女が、ある日、この弓町本郷教会にやってきた。

ボーイッシュで、美少女。鋭い目つき。世の中の矛盾していること全てに対して睨んでいるようにも感じたのだが、その表情の中には何か秘めたものを持っているような少女という印象も受けた。 そんなジャンヌとある日曜日、礼拝で座った席が近くなり、目があったので思わず

「ね〜ジャンヌ・ダルクに似てるよね。凄い綺麗でカッコイイ〜!」と勇気を持って話しかけてみた。すると、
「何で私なんかに話しかけるんですか?」と。
思春期の少女に話しかけても、まずは無視されるかな。と思っていたので、こんな返答でも思わず会話ができたような喜びがあり、それからも「やっぱりジャンヌ・ダルクに似てるわ。あの映画知ってる〜?」とか声を掛けながらも、少しずつ会話が発展していった。

それから約3年後。クリスマス礼拝の前の信仰告白の時に、なんと、あのジャンヌが信仰告白したのだ。その内容は、驚きと感動で今でもはっきり覚えているのだが、坪井節子さんからの彼女を紹介するスピーチにも感動!インパクトを受けたことで、今回はお二人に許可をいただいたので、ここでその内容を発信したいと思う。

あるクリスマス礼拝のあとの教会のお祝いの会で

坪井節子さん(社会福祉法人カリヨン子どもセンター理事長・弁護士)スピーチから(仮名:少女ジャンヌへ)

ジャンヌちゃんと 私との出会いは3年くらい前になるのですが、 みなさんに受け入れられて、当初はこんな日が来るとは思いもよりませんでした。

ジャンヌちゃんが覚えているかわかりませんが 私が最初に少女ジャンヌと対決したのは とにかく夜中に9時ごろからはじめて 夜中の1時くらいまで喧嘩をし続けまして、 途中彼女から「出ていけ〜」とか言われ、 どこでこの子と心が通じるのかわからなかったのですが

数時間たったのちに、ふ〜っとジャンヌちゃんから、『罪と罰』の映画を見たという話が出てきて、 そしてやっと会話になると、彼女は自分で自分が悪い子だ。自分を処罰しないといけないと言ったんです。

それで私はどうしていいかわかなかくてですね〜でも、何時間も彼女と対決したあとに、『罪と罰』の映画の話が出てきた後の事だったこともあり、 思わずですね。
「あなたが自分で処罰しなくていいいの。あなたの変わりに死んでくださった方がいるの。 その方がいるから私は生きてられるの。みんなが生きてられるの」と言ったんですよ。
そしたら

「そんなうまい話あるわけないじゃないですか〜」

と言うから、 「そうでしょ。私もそう思うのよ。 あなたは私の話を信じられないでしょ。聖書というものがあるのよ。 イエス・キリストという方がわたしたちの変わりに死んでくださったって書いてあるのよ。
しかも聖書というのは、一人で読むのは大変だから 教会っていうところがあって、牧師さんが話してくださるんだけど行く?」って聞くと、 絶対行かないと言うと思っていったんですね。そしたら、行くと言われてすね〜。

2年前の12月くらいですね。それからどうなるかと思ってたのですが、みなさんが ほんとにあたたたかく受け止めてくださったことを、感謝しております。

フョードル・ドストエフスキーの作品『罪と罰』が彼女が回心するきっかけになったんだ!

少女ジャンヌからの信仰告白より

今、みんなで賛美歌を歌っていると、小さい時に秋の公園で遊んでいて、寒いので風が強い日だったんですけど 走って帰ってきて、家にあかりがついていて、暖房がついていてすごく暖かくて、そんな小さい頃の暖かさを再びここで味わうことができて、嬉しく思っています。

このたびは信仰告白をすることになりまして 自分自身の出会いと変化をお話ししたいと思います。 ただ、今までの経緯を思い出すと、ただ「あ〜」としか言えません。

ただ 「あ〜」ではもちろん告白にはなりませんので、できる限り言葉にしたいと思います。

みなさんご存知の通り、約3年前に、私はカリヨン子供センターに助けを求めました。
理由としては、両親との不和となりますが、その話は長々と話すつもりはございません。
入居してしばらくして教会に通うようになったのですが、
その頃の私の感情は精神の80%くらいは怒りの感情でした。
両親を憎んでいたのですが、汚れた血が性向して私が生まれたわけだと。
絶望的な日、行き着くところは両親とのつながりの血。
でも教会に来てから、聖書に出会い、一人で読んでいて、ヨハネ福音書9章の中に、生まれつきの盲人を癒す話が書かれてあり、 あの頃でも、私はぶるぶる震える感動を覚えました。
いつも頭はもやがかかっていて、いらだっている私でも聞くことができたのです。
生まれつきの盲人の話、
ヨハネ福音書9章は

さて、イエスは通りすがりに、生まれつき目の見えない人を見かけられた。
「ラビ、この人が生まれつき目が見えないのは、だれが罪を犯したからですか。本人ですか。それとも、両親ですか。」
「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである。」

という箇所が、
私にとって、大切で重要な一節になりました。
今思うに教会にきて一番知ったこととはなんであれ、 生きることの肯定です。
罪を自覚することとは、生命の否定にはなりえないということ。
罪を真に自覚すること。それは生命に喜ばしいことで、肯定されるということ。
教会に行くたびに私の真の罪を教えてもらっていると思います。
私の罪とは、ちっぽけなものではありませんでした。
人を愛せない。なんらかによって愛することを制御して、
ともかく私が自分でしっかりコントロールし、一番他人に迷惑かけないように自分を監視する。
自分が自分の神となっていたわけです。
その結果、他人に迷惑をかけ、謙虚とはほど遠い存在ではあったのですが、
今でもほとんど私は不信仰ですが、でも0でもありません。
私は神ではあると無自覚な行動をとっているときも、
実は真の神様がおられると奥底でささやいているもう一人の私が消えません。
神さまは良しと思って私の父と母をつくられ、父と母の子として私を誕生させた。
それだけのことで、それだけのことであって、また尊いことでもあります。
私は今、神様を通してやっと父と母を愛しています。弟も兄です。
常に愛しているわけではありませんが、確率が高くなっています。
父を愛したいと思います。それは自分自身も助けることにもなるからです。
カリヨン子どもセンターでバタバタと過ごしながらも、一人暮らしができるようになって、
やっと一人で夕食を食べていて、カリヨン子どもセンターにいた頃を思い出しました。夕食時はいつも笑って話していて 常にほとんど笑っている。暗くなっている子が毎日のようにもいるけれど、全体として笑っている。 私はかなりこの仲間たちから力をもらったので、今日も生きていこうと思っています。
今日は、私は楽しみな思い出をそのまま大切にできるようになりました。
前まではその小さい頃の楽しかった思い出は偽りだと思っていましたが、
あの頃は幸福に感じたのだから、あれはあれで良しである。
それを今の私がいちゃもんをつけて、偽りだとかウソだとか今の私にはないと思っています。
小さい頃から感じた楽しいものは、形は違うけど同じ印象に思えます。
今日までは、これからもますます疲れるんではないか、これ以上いいよ。という感じとも思ってたのですが、 今まで苦労した分、これから先は楽しんでいいだよとみんなに言われて安心しました。 私がここに立つとは思いませんでした。今はかなり幸せです。

水をワインに変えてもらった日!

こんな感動した告白を“生”で聞けたことで、彼女の洗礼式、クリスマス礼拝の時は神さまに今まで以上に深く感謝できた。 そして改めて、彼女を最初に支えたのは、異国の作家フョードル・ドストエフスキーの『罪と罰』だったということに驚いた。 この日本で、そしてこの弓街本郷教会に来ることができ、彼女を変えるきっかけになったのだ。これは本当の話なのだ!凄い!
ジャンヌはクリスチャンになった直後に20才のお誕生日を迎えていたので、バースデーの日に私は街へ誘い、神さまには、水をワインに変えてもらって、洗礼までの経緯を語り合った。
坪井さんとの対決で決着がついた『罪と罰』については、 彼女の感情の精神の80%くらいが怒りの感情でいっぱいになっていた時に、自分を含めて世の中の秩序はどうなっているのかを知りたいと思い図書館に行った時に『罪と罰』という映画のタイトルが目に入り借りて見たところ、主人公のラスコールニコフが自分のように思えたので最後まで見れた。と話してくれた。 フョードル・ドストエフスキーが原作『罪と罰』の作者と知ってからは、その後に本で毎日1ページずつのようなペースでゆっくり読み、 ラスコールニコフに共感しながら読み続けられたそうだ。そして、ソーニャとの出会いは、彼女にとっては、神さまとの出会いだったと。

「以前は凄い目つきで世の中を睨んでいたよね」と話しかけると、「でも、はじめから神さまはいるとわかってたんだよ。ラスコールニコフもわかってたんだよ。」と返答があった。